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園長だより - 最新エントリー

 ,△訥、女の子が1人ぽつんとテラスにいました。寂しいのかな?
  何かあったのかな?大人はついつい余計な心配をしてしまいます。
  だって、子どもはいつも元気いっぱいに遊んでいるもの…
  けれど、子どもだって静かに物思いにふけることがあります。
  そこで、園長も彼女の隣で園庭を静かに見てみます。
  そこには、見慣れた園庭ではあるけれど、子ども1人ひとりの
  表情、雨露に濡れた木々の息吹、流れる川のせせらぎ…。
  なるほど、同じようで同じではない。新鮮な毎日がやってくる
  ことに気づかされます。

◆1歳児の女の子、暖かい窓際で1人人形のおしめ交換。いつも自分に
  してもらっている様子をよく見ています。熱いおしりふきもきちんと
  冷やします。もちろん人形への声掛けも忘れません。取り替えますよ〜
  ちょっと待っててね〜小さなお母さん、今日も子育てに奮闘しています。
  その遊び込んでいる集中力には本当に驚かされます。この姿は、必ず
  小学校以降の生活につながる『生きぬく力』として育っていきます。
 先日、幼児部主任の池戸と宮崎県で保育の研修会に参加してきました。
講師も担当させていただき、せいめいのもりの保育についてお話をさせて
いただきました。主な内容としては、子ども主体の保育の大切さと、だから
園庭環境の改善に踏み切ったこと、そして、さらにどんな変革が起こった
のかでした。そこに至るまでの道のりも平たんではなく、保育教諭と改革を
したい園長との間に溝ができたこともありました。

では、今回はその研修の一部をお伝えしたいと思います。

【はじめは保育教諭だって緊張と不安…】
 園庭を変える!園長が横浜にある川和保育園を視察した時、同じ保育施設で
こんなに違うのか!本園でもこういった環境で子どもを育てたい!と強い信念が
生まれました。元々園長だよりを『せいめいのもり』という名称にした理由も、
園庭を森のようにしたいからでした。(以下、園長だより95号の抜粋です。)

 1日目の座学に次いで2日目に伺った園視察では、その環境づくりに
驚かされました。園庭は森そのもので、遊具もとても背が高く木登りや
ターザンロープは当たりまえ。9メートルもあるツリーハウスも1人で
登っていきます。保育者が余計な口出しや手助けをしないので、子どもは
用心深く自分の責任において遊びこめるようになっています。園外保育も
道なき道を行く探検に行ったかと思うと、園庭では子どもたちが焚火を始め、
個人持ちで与えられている小刀で木を削る、のこぎりも使う…これが、周りに
工場や民家に囲まれた都会の保育園なのです。決して田舎の園ではないのです。

子どもが育つための要素として大切なことは、少しだけ難しいことを用意する
ことです。誰でもできることは集中して没頭できませんし、難しすぎても挑戦
する意欲を失います。できるかできないかのギリギリの環境によって、乗り越えた
充実感や満足感が繰り返され、心が強くなるのです。

 札幌市内にはたくさんの公園がありますが、大人の思いで作り上げた遊具
では、子どもの遊びの創造を超えることはできません。言い換えれば、大人の
発想には子どもを超えられない限界があり、まして自然の包容力や危険さ、
1つとして同じ環境がない偉大さには、どうにもかないません。

 さて、川和保育園と出会って保育教諭も視察に連れていき、実際の環境を
目の当たりにした直後から、保育者の目つきが変わってきました。それまで
大きな環境変化への不安で仕方がなかったようですが、“百聞は一見に如かず”
です。その後は、設計士さんや業者さん(おやじの会のお父さんや園長の友人)
と一緒に園庭を造り、構造を把握することや、様々な研修で学びを深め、さらに
教職員全体で膝を付け合せて侃々諤々(かんかんがくがく)と何時間も議論を重ね
ました。そして、シミュレーションを行い、共通理解を図ったことで、子どもに
とって本当に必要な環境になったと確信を持つことにつながりました。もちろん、
しばらくは緊張感に包まれていましたが子どもは用心深い、無理をしない存在と
いうことを知りました。これは好奇心や探究心と裏腹のもう1つの子どもの姿です。
そのためには、子どもへの対応で『手を貸さない』『遊びの指示をしない』
『子どもの様子を把握、観察する』『職員会議で様子や問題・課題をしっかり
共有する』ということの理解を保育者同士で深めていきました。

【ついつい大人は口と手を出してしまう存在】
 上記の通り、自分で経験していないことを、人の手を借りて経験してしまうと
本当の危険を感じることができず、大きな怪我につながります。小さな失敗と
成功の繰り返し、挑戦したいことや感じたことを行動に移し経験の蓄積をして
いくことで、子どもの心身は大きく育ちます。その良い例に、日本人はついつい
子どもに手取り足取りケアしてしまいがちですが、ニュージーランドの園に視察に
行った保育団体は、寒い外にもかかわらず半袖で遊んでいる子を見て『なぜ保育者が
ジャンパーを着るように促さないのか?』と日本人が尋ねると、反対に『なぜ
子ども自身でその判断ができないのか?大人が子どもを信じて!必ずその答えを
持っているから!』と返されたそうです。

【実は〜園庭を変える!ということは、日々の保育を変える!ということに繋がります】
 生きぬく力を育てる上で『リスク』はあるけれど回避のできない『ハザード』
はない園庭環境に整えていくことで、園舎内外のどこでも子ども主体で遊び込める
環境づくりにより一層注力できるようになりました。そうすることで、当時、
とてつもない違和感に襲われたことを思い出します。今まで禁止されていた
ところで遊ぼうとする子どもたちは、確認するかのように必ずチラッと先生を
見ました。ケンカをすると、やはりどこかのタイミングで先生を目で探し、
そして目が合いました。いつもそのタイミングで先生が子どもに介入していたの
です。本園は、これまで『こども中心・あそび中心のこどもの城』と言ってきた
のにもかかわらず、まだまだ至っていなかったことを痛感させられる毎日でした。
『園庭を変える』ということは、『日々の保育』を全面的に見直すことにつながり
ます。園運営の全てが一体となって進められていますので、環境のどこかが変わった
だけということにはならないのです。そして、こういう環境にしたことで、子どもが
育つ環境がどういうものであるべきか、子どもの心の声が聞こえてくる気がするのです。
『もっと子どもを信じなさい』と…

 今回の園庭のモデルにしている川和保育園では、園長が『骨折までは覚悟して!!』
と保護者に説明しています。これは、決して骨折することを推奨しているのではなく、
『生きること』には多くのリスクがつきもので、その覚悟を負って保育が成り
立っている表れで、そこから逃れて子育てすることはできない強い発信だと
捉えることができます。自転車や自動車に乗ること、包丁を使うこと、火を使う
ことなど、たくさんのリスクと向かい合って生きています。しかし、生活に欠かせ
ないものばかりです。だからこそ、自分の身は自分で守ること、何が危険で何が
安全、そして『できること』と『できないこと』といった自らの限界を知るなどは、
まさに『生きぬく力』です。

※ ちょうど2年前の平成27年9月、保護者向けの学園50周年記念講演会では、
 講師の方がこういった内容を中心にお話しいただき、参加されたどの方の心に
 も園庭の大切さがスゥーっと沁み渡ったようです。
せいめいのもりは、幼稚園の団体と保育園の団体のいずれにも加盟しています。そこで、8月18日に行われた全国の幼稚園団体が主催の幼児教育実践学会が
札幌で行われた機会に、本園や その他5施設で公開保育を行いました。
道内の先生方は参加が制限されていたため、道外の80名以上の先生方が本園に
て、子どもや施設の様子を見学したり、本園の保育への思いなどを話をさせて
いただいたりで、2時間ほど公開保育を行いました。その際、多くの方々から
とても充実した環境に感動していただき、子どもが育つ環境設定を共にやって
いこうという仲間がたくさんできたことに、  私たちも感動させていただき
ました。

また、同時に中国で300名の幼稚園をなんと500園も運営されている理事長先生も
本園にいらっしゃいました。園児数が15万人…さすが中国のスケールの大きさを
感じさせられましたが、そのような方々にも本園で刺激を受けていた様子はとても
嬉しいものでした。さらには、今週末に保育園団体の全国大会が札幌で行われる
ことから、保育園の先生方がいらっしゃることにもなっています。たくさんの
方々と保育の交流を行うことは、本園の実践をもとに保育の質を全国的に上げて
いけるチャンスと捉え、私たちは発信し続けます。
昨年にニュージーランドから園長先生方が視察にいらっしゃいましたが、
それを取り持ってくれた岐阜県のサニーサイドインターナショナルを
運営されている渡辺園長先生との話し合いで、協力関係を築いていき
ましょう!という話になりました。そこで、今後ニュージーランドへの
親子留学のサポートやニュージーランドの提携校との交流ができるよう
準備を進めています。新しい情報が入り次第お知らせしますが、ご興味の
ある方は園にお知らせください。これからは、国際人として生きていく
皆さんに必要な環境づくりも大切だと考えています。
年中の女の子たちがみかん組担任のあつこ先生に話しかけています。 「りな先生とあつこ先生は姉妹だよね?」。 あつこ先生が「いやいや親子くらいに年が離れているよ〜」と言っても 「いや姉妹だよ!」と引きません。 そこでどちらがお姉さんか聞いてみると「あつこ先生が妹!」と断言。 「だって、あつこ先生の方が小さいもん!」 なるほど、体の大きさで判断していたのですね。確かにみんなにとっての お姉ちゃんやお兄ちゃんは大きいですものね〜笑
 年長児になったら味わえるお泊まり会!今年は、みんなでカレー作りをしま
したが、商品の購入から火起こし、具材を切る…などなど、自らなんでも挑戦
しました。子どもにとって、親元を離れて友達と宿泊する機会はなかなかない
ものですから、当然楽しい気持ちより不安だったり心配だったり色々な思いが
交錯している様子もみられました。けれども、『くう・ねる・あそぶ』の子どもの
生活全てが備わったこういう機会は、子どもたちにとってかけがえのない
素晴らしい経験になったことでしょう。

※ 食材は本来お店に行って実際に購入したかったのですが、安全性やルーのアレルギー対応などこだわりの『もりのキッチン』経由で手配をして、保育教諭がお店屋さんに扮して行いました。
 来年の4月から、新しい幼保連携型認定こども園教育・保育要領に変わります。
簡単に言えば、小学校でいう学習指導要領と同様で、どのように保育をすると
いいかの目安になるものです。その中で大切にされていることは、いかに心が
動かされる体験を通してやってみたくなる意欲がわくか、そして最後までやり
遂げようとする態度につなげられるかです。こういったテストなどではかることの
できない内面の育みを『非認知的な能力』と言います。1月の園長だよりにも
載せましたが、これはアメリカの経済学者のジェームス・ヘックマン氏が教育
経済学の立場から提唱した言葉で、1960年代にはじめた研究によってわかった
ものです。『ペリー就学前計画』という研究で、幼稚園に通わすことのできない
貧困層のアフリカ系アメリカ人の子どもを、3歳から2年間通わせて、通わな
かった子どもとの違いを、なんと40歳になるまで追跡調査したものです。調査
内容は、給料や持ち家率、犯罪率、生活への満足度などが、幼稚園を出ている
子どもの方が良好な結果が出たそうです。しかし、IQだけの比較ですと、幼稚園に
通っていた子どもとそうでない子どもの差は、小学校に入ってしばらくすると
ほとんど違いがなかったというのです。これによって、IQ以外のものである
非認知能力が培われ、人生において長期的に効果をもたらしているだろうと主張
したのです。また、ヘックマン氏のみならず作家のダニエル・ゴールマン氏も
IQより『感情面のかしこさ』を高く備えている人こそ幸せな人生を送っている
という主張がなされました。これによりこれまでは、できるか・できないか、
他と比較し平均より上か下かなど、IQを中心とした認知的な能力ばかりに注目
されてきましたが、『心の育ち』が人間の本質的な生き抜く力として光が当たる
ことになりました。

※IQといった知能指数などで測れるものを『認知能力』、忍耐力・意欲・協調性と
いった測れない力を『非認知能力と言います』

 ところで、今回の教育・保育要領の改訂では、幼児期の終わりまで育ってほしい
姿が明確化されましたが、到達すべき目標とするものではなく、また個別に
クローズアップして指導するべきものではないことが明確化されています。
例えば、『数量や図形、標識や文字などへの関心・感覚』を養う項目がありますが、
安易にドリルやワークブックで指導することを言っているのではありません。
興味を持って意識ができる環境づくりを指しているのです。『道徳性・規範意識
の芽生え』という部分では、友達との様々な経験から、していいことや悪いことを
知り、相手の立場に立つことや折り合いをつけることを学んでいくことで養われて
いく力だと明記されていますが、保育者が一方的に指導してコントロールすること
には重きを置いていません。『子ども主体の保育』を大切にすることで、子どもが
本来育とうとしている能力を一番引き出すことになります。私たち 保育者は、
そこに保育の楽しさや奥深さを感じています。
 せいめいのもりには、子どもも保護者の方も保育教諭も、様々な個性と人間性に
囲まれて園生活を過ごしています。そういった全員が、子どもの主体性を重視
する方針のもとで集まった大きな仲間となっています。

 常々、私たち保育教諭は当たり前だと思って話していること、用意している
もの、保育そもそもが本当に良質なのか、子ども中心になっているのかを努めて
考えていかなければなりません。一般の企業体でも、新たな発想によって職場の
勤務環境が劇的に改善されたり、独創的発案によって作られた商品が後に大ヒット
したりすることを聞いたことがある方もいらっしゃるでしょう。そこで、本園でも
数年前に以下のことについて改善を図りました。園で食事の際の“いただき
ます”を、毎日歌を歌って行う必要があるのか?行事が終わる度にクラス全員で
絵を描かせる保育的意義は何?クラスにはアニメ的イラストを壁面の装飾として
掲示したり、子どもの描いた絵を掲示したりすることは本当に必要か?といった
具体的な内容です。園内装飾については、子どもの美的センスは、大人のそれと
何ら変わりません。一般的なご家庭では、素敵な絵を貼ったり、花を飾ったり、
あえて何も貼らなかったりしますが、どうしても“幼稚園・保育園らしさ”の
概念が頭から離れないのです。幼稚園や保育園の先生は必ずエプロン姿!の
イメージも同様です。子どものヨダレや涙、制作するときに汚れないなどのために
着用するものです。だから、本園の保育教諭は必要のないときに着用することは
しません。雨の日にエプロン姿で長靴を履き、バス添乗から帰ってきた時の姿は、
一昔前の八百屋のおばちゃんに見えます。園はあくまで保育の場ですので、園児が
心穏やかに落ち着いて過ごすためにも、過剰な装飾や奇抜な色づかいに気を遣い、
身なりや声掛けにも心配りが必要です。

 そもそも、なぜ日本で幼稚園という名称になってしまったのかと残念に思います。
Kindergartenと書きますが、直訳は“子どもの庭”です。子どもは何もできない
“幼稚”な存在で、大人が教えて育てないとできないという思いが根柢にある
ように思います。しかし、大人にはない発想や物の捉え方などは反対に学ばされる
ことが多くあります。そのこともあり、せいめいのもりが『こども園』に名称が
変わったことも必然と言えます。また、“教育”を英語で『education』
(エデュケーション)と書きますが、(隠れた能力や才能を)引き出すという
意味の『educe』(エデュース)からきていますので、教え込んで育成する
『教育』という翻訳にもいかがなものかと疑問が残ります。だから、私は
『保育』という言葉が好きなのです。

 これからも停滞感なく保育内容や園庭などの環境改善を常に進めていきます。
子どもが『生きる』『活きる』ためには、今まで通りではなく進化し続ける努力を
していきます。
・いつも玄関口でお母さんを恋しがる年中のKくん。
 『おれ、もう1回つぼみになってお母さんと一緒に
 やり直したい…』言い方は男らしいのですが、内容は
 幼児らしいですね。その話の後に一言『おれ、鼻くそ
 食べられるさ!見て!』その途端、職員室の先生たちは、
 無言になりました(笑)。

・年長のSちゃんは、言葉の一文字を間違えて覚えていることが
 あります。ある日園長が『Sちゃん!大人の前歯が生えてきたん
 だね!けれど、子どもの歯も生えているから抜かないといけないね〜』
 と話すと『最近ヨクルト飲んでないから抜けないんだ〜』え??ヨクルト?
 飲んで抜く??私にはさっぱり意味が分からないのでさらに質問してみると、
 要するに『ヤクルトを飲むときに前歯でふたを開けると以前抜けたことが
 あるのだけれど、最近飲んでいないから抜けずに残ったまま』ということ
 らしいです。穏やかな温かいひとときに感謝です。

★子どもの心育ては今が旬です〜

カテゴリ : 
園長通信
執筆 : 
seimei 2017-5-18 14:37
 元々早期教育とは、園での集団生活を通して様々な経験をすることや、
家庭だけでは難しい多くの刺激をどう与えられるかでしたが、年齢以上の
事ができることがメディアで未だもてはやされ、『本当に遊んでいるだけで
子どもは育つの?』という不安の声を周囲から聴くことがあります。これは、
ソニー創業者の井深大氏が、1971年に発行した『幼稚園では遅すぎる〜人生は
3歳までにつくられる〜』から早期教育が過熱したとも言われています。
本の内容のところどころで『記憶力を育てるには俳句を覚えさせたらいい』とか、
『鉛筆やクレヨンを持たせるのはできるだけ早い方がいい』とか、『バイオリン
教育で幼児のリーダーシップが育つ』など書かれています。これでは、内容を
読み進めるほど表面的な指導によって子どもを伸ばす方法にとらわれがちです。

 しかし1990年の朝日新聞で、井深氏は今まで研究してきた乳幼児の捉え方や
考え方が間違っていたと、次のようにはっきり示しました。『本当に必要なのは
知的教育より、まず「人間づくり」「心の教育」だと気付いた。学校では落ち
こぼれ、暴力、いじめが頻発している。「心を育てる」には、学校教育だけで
なく、母親の役割がなによりも大切であり、子どもの方も幼稚園どころか0歳児、
いや胎児期から育てなければならないという考え方に変わってきた。私はいま、
妊娠した時からの母親の心構えが、その子の一生を決定すると確信している。
幼児開発協会でいろいろやってみた結果、母親の愛情によってはぐくまれる赤ちゃんの
温かい心づくりと、生まれた時からの体づくりが、なによりも重要で、知的教育は
言葉が分かるようになってから、ゆっくりでよい、という結論になった。』

 今『急がば回れ』を意識した子育てが大切だと思います。子どもの意欲を
引き出す仕掛けをたくさん用意すると、次はその意欲が発展し探究心の芽生えが
始まります。これがあるからこそ、生まれてきた意味や長い人生において生きがいを
感じることができるのでしょう。

 しかし、一方で研究の結果が間違っていたとするならば、その教育や保育を受け
させられた子どもたちは一体どう思い、その思いをどこにぶつけたらいいのでしょうか。
責任の重い仕事だと痛感します。